前回のようつべ動画でヤクザとトヨタの話をしていたけど、僕は10年前のバレンタインデーの日にトヨタへ出稼ぎに行くのが決まった。前回の続きということと上場来高値記念で少し話してみます。
三菱の面接は昼からで八軒(西区)の簡易宿泊施設みたいな薄暗い場所だった。僕はアルバイト雑誌で見た三菱の住み込み期間工の面接でこの場所に来ていた。
入ってみると宿泊施設くさい建物なんだけど、入り口のボードに張ってあるのは沢山の期間工募集の張り紙だった。中を見ると、僕の他には一人だけしかいなくて各社の面接官はヒマそうだ。
僕は三菱に行こうと決めていたので、迷わず三菱の面接を受ける。
しかし面接官の言っている内容は情報誌とは全然違う内容で、仕事は残業がクソ長くて、それはいいけどプレハブの寮に3〜4人で一部屋だという。
そして面接官は僕に「どうしますか?止めた方がいいですよ」と説いてくる。さすがに年頃(18歳)の僕はおっさん達と半年暮らすのはキツイと思い、断った。
だけど僕は正月休みに型枠大工を辞めて北海道を飛び出して人生を変えようと決心していた。いまさらそれを変更することはできないので、入り口にあった求人票に目を通す。
給料は気にしない。どうせ今までの型枠大工やら貸人夫よりもいいに決まってる。だから僕が重視するのは寮が個室でなるべくガラのいい所(怪しくない会社)。その僕の希望に合ったのがトヨタ自動車の期間従業員だった。
早速面接官の前に行って面接を受けるが、他のブースにも人はいなくてシーンとした中で僕と面接官は面接を始める。ブースと言っても仕切りも無い長机にパイプ椅子なので、他の面接のおっさん達にも丸聞こえだった。
どうしてウチを選んだの?と聞かれた時は困った。周りの会社に悪いなと思いながら顔を赤くして「大きい会社だからです!」と答えた。今思えば期間工なんて借金やらなんやら事情の多い人ばかりだから聞いた事だと思うけど、馬鹿正直だったと思う。
それから希望日や必要なものの簡単な説明を受けて、家路に着く時は夕方近かった。
八軒駅に着くと、JRはちょうど出発した後でかなり待たされた。
僕は地元の駅で当時付き合っていた彼女と待ち合わせをしていたので焦っていた。もう彼女は学校が終わっている時間だから。
会って面接の話をしてホワイトデーは札幌にいないことを伝えると寂しそうだったが、クマの大きなチョコレートをもらった時はとても嬉しかった。
人間18歳の時の記憶はとてもいいと聞いた事があるけど、確かにこの後の1年の期間工時代の記憶はとてもいい。
ちなみに僕はトヨタの直接雇用だったので、人材派遣は介入していません。10年前は直接雇用の期間従業員と正社員と下請け関連会社の応援で僕のいた田原工場(当時は田原町)は稼働していました。今テレビやネットの情報を見ると、期間従業員と関連会社の応援の割合が激しく増えたなと感じる。関連会社は人材派遣会社になってしまってる所もあるんじゃないでしょうか。
そして写真の帽子は僕がいた時から帽子のエンブレムが英語になったり、組長(GL:グループリーダー)の名刺に英語が入って、名詞も組長→GLと変わったのもちょうどこの時。
現在は輸出が好調のようだから、僕のいた田原は輸出用の車だったから忙しいんだろうなと思いググってみると期間工は情報が結構多い。特に僕がいた田原の現役期間工のブログが面白い。
この人のブログを読んでいると自分の文章の下手さを知るのと一緒に、いつかあの頃の事を文章にできればいいなと思う。
「期間従業員」
http://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient&hl=ja&ie=UTF-8&rls=GGLG,GGLG:2006-03,GGLG:ja&q=%e6%9c%9f%e9%96%93%e5%be%93%e6%a5%ad%e5%93%a1
【日記の最新記事】


